共通テスト 国語 2025 本試 第一問 評論 攻略 解き方

ご質問の「指紋が演出する記号」についてですが、提供されたソース(2025年共通テスト国語 第1問)の内容と照らし合わせると、おそらく**「資本(しほん)」**の聞き間違い、あるいは見間違いである可能性が高いです。

ソースにある第1問の本文(観光のまなざしに関する文章)には、**「資本が演出する記号」**という表現が登場します。

以下にその詳細と意味を解説します。

1. 該当箇所と正しい言葉

2025年共通テスト国語 第1問の本文(高岡文章『観光のまなざし』をめぐって)の終盤、都市の視線について論じている箇所に以下の記述があります。

「渋谷を訪れる若者たちがまなざしたのは、資本が演出する記号のみならず、それらと『ともに踊る』身体なのであった。」

2. 「資本が演出する記号」の意味

この文脈における「資本」と「記号」は以下のような意味で使われています。

  • 資本(しほん): パルコなどの商業施設や企業のことです。利益を目的として都市開発や広告を行う主体を指します。
  • 演出する記号: 企業が消費者を惹きつけるために作り出した**「ブランドイメージ」「流行」「ファッショナブルな雰囲気」**などのことです。

3. 文脈の解説

筆者は、1973年の渋谷パルコ開店を例に挙げ、都市が「見る/見られる」の舞台となっていることを説明しています。

  • 企業(資本)は、街を魅力的な舞台として演出し、広告や建物といった記号(イメージ)を発信します。
  • しかし、若者たちが見ていたのは、企業が作ったイメージ(記号)だけではありませんでした。
  • その舞台の上で、お互いに見られながら歩く**「他者の身体」**(生き生きとした人間の姿)も同時に見ていた、というのが筆者の指摘です。

結論

ご質問の意図は、この**「資本(しほん)が演出する記号」**についてのことだと思われます。 これは、「商業的な企業が作り出した、消費者を誘惑するための街のイメージや雰囲気」を指しています。


ご質問の「他者を排除する眼差しにしても、それを取り込む眼差しにしても」という一節は、直前の段落で説明されている**ジョン・アーリが提唱した「二種類の観光のまなざし」**を指しています。

ソースにある2025年共通テスト「第1問」の本文(8ページ)に基づき、具体的に解説します。

1. 「他者を排除する眼差し」とは

これは、直前の段落で述べられている**「ロマン主義的まなざし」**のことです。

  • 内容: 山の頂上や森の奥など、「他の観光者がいないこと」がその場所の価値を高めるような観光のあり方です。
  • 「排除」の意味: 自分一人(あるいは少人数)で「手つかずの自然」や「孤独」を味わうために、他の観光客を見ないようにしたり(儀礼的無関心)、視界から消そうとしたりする態度を指します。

2. 「それ(他者)を取り込む眼差し」とは

これは、同じく直前の段落で述べられている**「集合的まなざし」**のことです。

  • 内容: 都会やイベントなど、「他の観光者も同じ場所にきているという事実」がその場所の価値を高めるような観光のあり方です。
  • 「取り込む」の意味: 多くの人が集まっていること自体が「愉快さ」や「祝祭的気分」、「活況」を生み出すため、他者の存在を風景の一部として肯定的に受け入れる態度を指します。

3. この文が言いたいこと(論理的なつながり)

筆者は、この対照的な二つの眼差し(一人になりたい「ロマン主義」と、人混みを楽しみたい「集合的」)を並べた上で、**「どちらの場合であっても共通する重要な点がある」**と論を展開しようとしています。

その共通点とは、この文の直後に書かれている通り、**「他者の身体性が問題となっている」**ということです。

  • 他者を無視して排除しようとする場合も(ロマン主義)、他者と一緒に盛り上がろうとする場合も(集合的)、結局は**「そこにいる他者の身体(存在)」をどう扱うか**という問題からは逃れられない、というのがこの段落の趣旨です。


提供された選択肢と、ソースにある本文の論理構造(特に最終段落のサファリパークの記述)を照らし合わせた結果、正解は **②** です。


以下に、なぜ②が正解で他が誤りなのかを、本文の記述に基づいて論理的に解説します。


### 1. 本文における「サファリパーク」の論理構造

最終段落([1])で筆者は、サファリパークを以下のロジックで提示しています。


1.  **対比の前提(過去の事例)**:

    *   「かつての万国博覧会」では、「見る主体(西洋の男性)」と「見られる客体(非西洋の女性)」が固定されており、一方的な権力関係があった(第2段落の記述)。

2.  **サファリパークでの逆転**:

    *   人間は車(檻)に閉じ込められ、**「まなざしの対象(見られる側)」**となる。

    *   動物たちは物欲しげに人間を**「まなざす(見る側)」**。

    *   「彼らを見ているのはもはや人間ではない」。

3.  **結論(示唆)**:

    *   これまで「見る側(主体)」だと思っていた人間が、ここでは**「見られる側(客体)」**に反転している。この構造が「見る/見られる」の関係を考える上で示唆的である。


### 2. 選択肢の検討


*   **①(誤り)**:「非対称性を考えさせる」

    *   **理由**:選択肢①は「ゲストとホストのまなざしの非対称性」に焦点を当てていますが、サファリパークの事例で筆者が強調しているのは「非対称性(力の差)」そのものではなく、**「見る/見られる」の立場が入れ替わる(人間が見られる側になる)という「反転」**です。また、「文化的なメガネ」は第1段落の話題であり、サファリパークの文脈(第6段落)とは直接関係しません。


*   **②(正解)**:「見られる側に強いられる一方的なまなざしが、見る側にも向けられる場である」

    *   **理由**:この選択肢は本文の対比構造を正確になぞっています。

        *   **前半**:「植民地住民の『展示』(万博)では、見る主体と見られる客体が恣意的に固定される」→本文第2段落の内容と合致。

        *   **後半**:「サファリパークでは……動物の欲望のまなざしにさらされる客体にもなる」→本文最終段落の「人間は……まなざしの対象となる」と合致。

        *   **結論**:これまで一方的に見ていた人間が、逆にまなざしを向けられる客体になるという**「関係の逆転・双方向性」**を指摘しており、これが「示唆的」の内容として最も適切です。


*   **③(誤り)**:「招かれざる客であることを想起させる」

    *   **理由**:「招かれざる客」という表現は、第4段落の「生活観光(住民の生活を覗く観光)」の文脈で使われた言葉です。サファリパークの文脈では、人間は動物から「物欲しげにまなざされる」対象(餌や興味の対象)となっており、「招かれざる客(邪魔者)」というニュアンスとは異なります。また、論点は「見る/見られる」の反転であり、「立ち去るよそ者」という点は主眼ではありません。


*   **④(誤り)**:「観光者相互のコミュニケーション」

    *   **理由**:これは第5段落などで述べられた「儀礼的無関心」や「集合的まなざし(他の観光者との関係)」の話です。サファリパークの段落では「彼らを見ているのはもはや人間ではない」とあり、**「人間対動物」の関係**が焦点となっているため、観光者同士のコミュニケーションという視点は論点がズレています。


### 結論

サファリパークが示唆的である理由は、かつて(万博などで)一方的に「見る主体」であった人間が、動物によって「見られる客体」へと地位が反転させられる場だからです。

この「見る/見られる」の固定的な関係が崩れることを説明している **②** が正解となります。


2025年共通テスト国語(第1問)の問6は、これまで学習してきた**「対比(二項対立)」「因果・転換」**のフレームワークを使うことで、非常に鮮やかに解くことができます。

具体的に、ソースにある「京大現代文対策講座」のメソッドをこの問題に適用する手順を解説します。

1. 使用するフレームワーク:【対比(A vs B)】と【転換(逆転)】

この問題の最大の鍵は、**「かつての万国博覧会(A)」「サファリパーク(B)」**の対比構造を正確に捉えることです。

  • A(過去・万博など):
    • 構造:見る主体(人間・西洋人)と、見られる客体(植民地の人々)が固定されている。
    • 方向:一方的なまなざし(権力)。
  • B(現在・サファリパーク):
    • 構造:人間が檻(車)に入り、動物に見られる。
    • 方向関係の逆転(人間が見られる側になる)。

2. フレームワークでの解法ステップ

STEP 1:傍線部を含む段落の「論理構造」をマーキングする

まず、最終段落の論理構成を分析します。ここに「転換」のマーカーがあります。

かつての万国博覧会とは違って、彼らを見ているのはもはや人間ではない。」

  • 「違って(差異)」:ここがA(万博)とB(サファリパーク)の分岐点です。
  • 「もはや人間ではない」:ここで、「見る主体=人間」という常識(前提A)が崩れていることを確認します。

STEP 2:選択肢を「対比構造」でスキャンする

正解の選択肢は、本文の**「A(固定)→ B(逆転)」**という構造をそのままなぞっているはずです。

  • 選択肢①(×):「非対称性を考えさせる」
    • 判定:A(グアム)とB(サファリ)を比べていますが、結論が「非対称性(力の差)」になっています。本文のポイントは「非対称」ではなく「立場の入れ替わり」なのでズレています。
  • 選択肢②(○)
    • 前半:「植民地住民の『展示』では…固定される」(=A:固定
    • 後半:「サファリパークでは…客体にもなる」(=B:逆転
    • 結論:「一方的なまなざしが、見る側にも向けられる場」(=構造の変化
    • 判定:本文の論理構造(A vs B)と完全に一致しています。
  • 選択肢③(×):「招かれざる客」
    • 判定:これは第4段落の「生活観光」の話(文脈違い)です。論理マーカーでブロック分けしていれば、違うブロックの話だと即座に切れます。
  • 選択肢④(×):「コミュニケーション」
    • 判定:これは第5段落の「集合的まなざし」の話です。やはりブロックが違います。

3. この問題における「フレームワーク」の効能

この問6は、意味を深読みしようとすると「①もいいこと言ってるな」「④のコミュニケーションも大事だな」と迷ってしまいます。 しかし、**「対比のフレームワーク(Aは固定、Bは逆転)」**という型に当てはめれば、内容を深く解釈しなくても、構造が合致している②しか選びようがないことがわかります。

これが、以前の会話にあった「意味ではなく構造(客観)を見る」という解き方の実践です。


ご提示いただいた「誤りの選択肢の典型例一覧」の定義に基づき、2025年共通テスト国語第1問(評論)の問6の選択肢を分析します。

この問題の正解は  です。 ここでは、不正解の選択肢(①・③・④)が、ご提示のリストにあるどの「誤りパターン」に当てはまるかを解説します。


問6 選択肢の誤答分析

この設問は、本文最終段落における「サファリパーク」の事例が、これまでの「見る/見られる」の関係とどう違うのか(=示唆的である理由)を問うものです。

本文の論理構造(正しい対比)は以下の通りです。

  • 対比の軸:「かつての万国博覧会(固定されたまなざし)」 VS 「サファリパーク(逆転するまなざし)」
  • サファリパークの本質:人間が見る側から**見られる側(客体)**へと反転すること。


選択肢①:正しい対比喪失の誤り

① グアムなどのリゾートでは……。一方でサファリパークでは、……ゲスト側のまなざしとホスト側のまなざしとの非対称性を考えさせる点で示唆的である。

  • 分析
    • この選択肢は、サファリパークの対比相手として「グアム(リゾート)」を持ち出しています。しかし、本文の最終段落で筆者が対比させているのは「かつての万国博覧会」です。
    • また、結論部分の「非対称性(力の不均衡)」は、第1段落などの話題であり、サファリパークの「まなざしの反転(逆転)」という主題とは異なります。
  • 判定
    • **〈正しい対比喪失の誤り〉**に該当します。
    • 定義にある「本文中で『A(万博)←→B(サファリ)』という対比で記述されているのに、無関係な『C(グアム)』という要素を勝手に持ち込んだり」している誤りです。本来の対比軸を見失っています。


選択肢③:対比混乱の誤り(キーワードのグループ分け失敗)

③ ……見る側の観光者がそそくさと立ち去るよそ者とみなされる。同様にサファリパークにおいても、……見る側の観光者が**「招かれざる客」であることを想起させる**点で示唆的である。

  • 分析
    • 「招かれざる客」や「そそくさと立ち去る」といった要素は、本文の第4段落で語られた「生活観光(住民の生活領域への侵入)」に関するキーワードです。これを、第6段落の「サファリパーク」の説明に使ってしまっています。
    • サファリパークで人間は、動物から「物欲しげに見られる(欲望の対象)」存在であり、「邪魔者(招かれざる客)」というニュアンスとは異なります。
  • 判定
    • **〈対比混乱の誤り〉**に該当します。
    • 定義にある「本文中で対比・区別されていることばを同種のものとして扱ってしまっている誤り」、あるいは「キーワードのグループ分け失敗」です。「生活観光グループ(青)」のキーワードを、「サファリパークグループ(赤)」の説明に使ってしまっています。


選択肢④:正しい対比喪失の誤り

④ 観光の現場では、観光者は他の観光者を見る存在である……。同様にサファリパークでも、……観光者相互のコミュニケーションのあり方に注意を促す点で示唆的である。

  • 分析
    • この選択肢は、「観光者 VS 他の観光者」の関係(第5段落の「集合的まなざし」の話)に焦点を当てています。
    • しかし、サファリパークの段落で筆者が問題にしているのは、「人間 VS 動物」の関係における「見る/見られる」の逆転です。
  • 判定
    • **〈正しい対比喪失の誤り〉**に該当します。
    • 定義にある「無関係な『C(観光者)』という要素を勝手に持ち込んだり、『C(観光者)←→D(他の観光者)』といった本文にない(この段落の主題ではない)対比を持ち込んでいる誤り」です。本文の正しい対比(人間←→動物)を見失っています。


まとめ:正解②の構造

一方、正解の  は、「植民地住民の展示(万博)」と「サファリパーク」を対比させ、「見る主体」だった人間が「見られる客体」にもなるという**「逆転・反転」**を指摘しています。 これは、本文の論理構造(A←→B)を正確になぞっており、上記の誤りを含んでいません。

このように、ご提示いただいた「誤りの典型例一覧」を当てはめることで、感覚ではなく論理的に誤答を排除することができます。


2025年共通テスト国語第1問の問6を解くためには、提供されたソースにある**「論理的構造の分析(フレームワーク)」「現代文重要語句」**の知識を組み合わせるのが最も効果的です。

ご質問の3点(読み方、言い換え、キーワード)について、ソースに基づいて解説します。

1. どのように文章を読めばいいか(解法のフレームワーク)

この問題は、ソースにある**「対比(差異)のフレームワーク」「具体と抽象」**の往復を使うと鮮明に解けます。

  • 【対比】の発見 本文の最終段落では、明確な対比構造が作られています。
    • A(過去の事例): 「かつての万国博覧会」= 西洋人(人間)が「見る主体」、植民地住民が「見られる客体」として固定されていた。
    • B(今回の事例): 「サファリパーク」= 人間が車(檻)に入り、動物から「見られる」側になる。
    • 読み方の鉄則: ソースにある通り、「AはXであるのに対し、BはYである」という差異の構造を見抜くことが重要です。 筆者は「かつてとは違って」という表現で、この対比を強調しています。
  • 【具体→抽象】の変換 設問の「サファリパークは示唆的である」というのは、サファリパークという**「具体例」を通じて、どのような「抽象的な意味(本質)」**が見えるかを問うものです。
    • 具体: 人間が車に閉じ込められ、動物が人間を見る。
    • 抽象(答え): 「見る/見られる」という権力関係が逆転(反転)している。

2. どのような「言い換え」があったか

この問題の正解(選択肢②)は、本文の記述を**「抽象的な言葉(専門用語)」**に言い換えています。この「言い換え(同値関係)」を見抜くことが正解への鍵です。

  • 本文の表現: 「動物たちは車の群がり、物欲しげに人間をまなざす。人間はふたたび動物園の檻に閉じ込められて、まなざしの対象となる。」 ↓
  • 選択肢②での言い換え: 「見る主体である人間が……動物の欲望のまなざしにさらされる客体にもなる」

つまり、**「まなざしの対象となる」=「客体になる」**という言い換えが行われています。 また、本文の「かつての万国博覧会とは違って」という部分は、選択肢②の前半「植民地住民の『展示』では……固定される」と言い換えられ、対比の前提として使われています。

3. 押さえておくべき「評論のキーワード」

この問題を解く上で、また今後の評論読解において必須となるキーワードが、ソース『読み解くための現代文単語』に掲載されています。

  • 「主体(しゅたい)」と「客体(きゃくたい)」
    • 意味:
      • 主体:自らの意思に基づいて行動し、作用を及ぼす側(見る側)。
      • 客体:主体の認識や行為の対象となる側(見られる側)。
    • 重要性: 今回の問題は、人間が「主体(見る側)」から「客体(見られる側)」へ転落・反転するという構造を理解しているかが問われました。この「主客(しゅかく)」の関係は評論の頻出テーマです。
  • 「示唆(しさ)」
    • 意味: それとなく示し教えること。ほのめかすこと。
    • 重要性: 設問文にある「示唆的である」とは、「サファリパークの事例が、表面的な意味を超えて、背後にある深い意味(=見る・見られるの関係の逆転)をほのめかしている」という意味です。
  • 「恣意(しい)」
    • 意味: 自分勝手な考え。気ままな考え。
    • 重要性: 選択肢②に「恣意的に固定される」とあります。これは「必然的な理由があるわけではなく、権力側(西洋)が勝手に決めたルールで固定されていた」という意味で使われています。

まとめ

この問題を解くためには、サファリパークという具体例を読みながら、頭の中で**「人間=客体(見られる側)への反転」**という図式に変換する操作が必要です。そのためには「主体・客体」というキーワードの知識と、「対比構造」を見抜く論理的な読み方が不可欠でした。


ソースにある「誤りの選択肢の典型例一覧」および講義の解説に基づき、「対比混乱の誤り」について説明します。

「対比混乱の誤り」とは 本文中で明確に対比・区別されている言葉や概念を、同種のものとして扱ってしまっている誤りのことです。別名「キーワードのグループ分け失敗」とも呼ばれます,。

具体的には、以下の2つのパターンが挙げられます。

  1. 対立する要素の混同(混ぜるな危険) 本文で「A(赤グループ)」と「B(青グループ)」が対比されているにもかかわらず、選択肢の中でAとBの要素を混ぜ合わせて記述しているケースです。
    • 講義での解説例:「言葉は対話から生まれる(筆者の主張・赤)」と「語・文法的に運用されている(敵役の主張・青)」を一つの選択肢の中に混ぜてしまっている場合などがこれに該当します。講師はこれを「色違いを混ぜてはいけない、混ぜるな危険」と表現しています。
  2. 役割の取り違え(主役と敵役の逆転) 設問が「主役キーワード(筆者の主張など)」の説明を求めているのに、「敵役キーワード(一般論や批判対象)」の説明をしてしまっている(あるいはその逆)ケースです。
    • 講義での解説例:小説の問題で、主人公(健三)が精神的に縛られている(自縄自縛)という描写があるのに、選択肢では対立する「島田夫婦(敵役)」が自縄自縛に陥っていると記述している場合などが該当します。

攻略のポイント この誤りを見抜くためには、本文を読む際に**「筆者の主張(赤)」と「一般論・対立意見(青)」を明確にグループ分け(色分け)しておくこと**が有効です。選択肢を見た際に、異なるグループの言葉が混ざっていたり、求められているグループとは逆の言葉が使われていたりすれば、「対比混乱の誤り」として即座に排除できます。


2025年共通テスト国語(第1問)の問6は、かつて「見る側(主体)」だった人間が、サファリパークでは「見られる側(客体)」に反転するという**「主客の逆転(関係性の反転)」**を論理的に捉える問題でした,。

ソースの中から、この**「関係性の逆転・パラドックス(逆説)」「見る/見られる(認識論)」**をテーマにした、論理構造が非常によく似ている問題を抜粋して紹介します。

1. 【関係性の逆転】受動と能動のパラドックス

明治大学 2020年(國分功一郎『中動態の世界』) この問題は、「される(受動)」側が実は「する(能動)」側であるという、2025年共テの「見る側が見られる側になる」という構造と酷似しています。

  • 問題文の要点: 暴力関係では「振るう側(能動)」と「振るわれる側(受動)」が明確だが、権力関係においては、権力を行使「される」側にも、ある意味で「能動性」が残されている(協力しないと権力が成立しない)
  • 類似点:
    • 2025年共テ: 人間は「見る主体」だと思っていたが、サファリパークでは「見られる客体」に反転する。
    • この問題: 権力を「される客体」だと思っていたが、実は「する主体」の要素を含んでいる。
    • 解法の鍵: 「A(暴力)は一方的だが、B(権力)は双方向的・逆説的である」という対比と逆転のフレームワークを使って解きます。

2. 【認識論】「見る」とはどういうことか

京都大学 2001年(高階秀爾『近代美術における伝統と創造』) 2025年共テのテーマである「観光のまなざし(文化的なメガネ)」と深く通底する、「見る」という行為の本質を問う問題です。

  • 問題文の要点: 人は、ありのままに世界を見ているつもりでも、実は**「先輩や師匠の眼(過去の様式)」を通してしか見ることができない**。混沌とした世界に秩序を与えるのは、学習された「見る枠組み」である。
  • 類似点:
    • 2025年共テ: 観光者は「文化的なメガネ(社会制度)」を通して対象を見ている。
    • この問題: 人は「先人の眼(様式)」を通して対象を見ている。
    • 解法の鍵: 「見る=生理的反応」ではなく「見る=文化的学習(制度)」であるという定義の言い換えを用います。

3. 【価値の反転】マイナスからプラスへの逆説

大学入試センター試験(市村弘正『小さなものの諸形態』) 「見えていなかったもの」が「見えるようになる(発見される)」という、認識と価値の反転を扱った問題です。

  • 問題文の要点: かつて家族は、社会に比べてちっぽけで**「消極的・否定的」な場として軽視(無視)されていた。しかし、現代において家族は「逆説的に発見」**され、おびただしい言葉で語られる重要な対象となった。
  • 類似点:
    • 2025年共テ: 万博では一方的に見下ろしていた対象(植民地の人々)と異なり、サファリパークでは人間が動物にまなざされる対象となる。
    • この問題: 社会学において無視されていた「家族」が、逆に最も重要な「問いの場所」へと反転する。
    • 解法の鍵: 「A(従来)は軽視されていたが、B(現在)は重視されている」という**「逆説・転換」のフレームワーク**を用います,。

4. 【視線の構造】見る主体と見られる客体

学習院大学(竹川大介『サザエを見る目』) 異文化理解における「視線」の一方通行性と、その解消(双方向性)を問う問題です。

  • 問題文の要点: 文化人類学者が異文化を記述する際、「彼らはこう考えている」と書くことは、一見理解者のようだが、実は彼らの世界の絶対性を「覆い隠して(見えなくして)」しまっている。本当に必要なのは、自分(見る側)の視点そのものを問い直すことだ。
  • 類似点:
    • 2025年共テ: 「文化的なメガネ」で見ている観光客が、サファリパークではその特権性を剥奪される。
    • この問題: 「分析する眼」を持つ研究者が、実は相手の真実を見えなくしているという視線の暴力性・限界を指摘している。
    • 解法の鍵: 「見る側(研究者・観光客)」が持っている無自覚な優位性を批判的に捉える視点が必要です,。

これらの問題は、いずれも**「Aだと思っていた関係が、実はB(逆)だった」という論理構造を持っています。2025年の問6(サファリパークの問題)と同様に、「対比」と「逆転」のフレームワーク**を使って解くことができる良問です。



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