卵管膨大部が異所性妊娠の好発部位である理由

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異所性妊娠において、最も頻度の高い部位が卵管膨大部である理由について、解剖生理、病理学的背景、受精・着床メカニズム、統計データ、信頼性の高い文献の根拠を含めて深く調査します。
併せて、医学生・研修医向けに丁寧で体系的な解説も準備します。
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卵管膨大部が異所性妊娠の好発部位である理由

卵管膨大部の解剖生理学的特徴(構造・機能と他部位との比較)

卵管(輸卵管)は子宮角から卵巣側へ伸びる全長10〜14cmほどの細長い管状器官で、間質部(子宮壁内を通る最も狭い部位)、峡部(子宮寄りの狭い部位)、膨大部(中央の太い部位)、采部(卵巣に近い漏斗状の部位)に区分されます。中でも卵管膨大部は卵管の中間かつ最も太い部分で、内腔直径は約1cmにも達し、長さは約5cmと卵管の中で最長です。膨大部の内壁には多数の粘膜ヒダ(縦走ひだ)が複雑に折り重なり、内腔表面積が大きく取られています。一方、卵管峡部は内径わずか1〜5mm、長さ約3cmと狭小で筋層が発達し、内腔の粘膜ヒダは比較的単純です。すなわち、膨大部は薄い壁と広い内腔を持ち粘膜ヒダが発達するのに対し、峡部は厚い平滑筋層と狭い内腔を特徴とします(図1: 卵管膨大部と峡部の構造模式図)。卵管の腹腔側開口部である**采部(卵管采)**は、卵巣周囲に指状の突起(卵管采)を広げた漏斗状の構造で、卵巣から排卵された卵子を捕捉する役割を担います。采部の縁を取り巻く多数の卵管采は直径1mmほどの繊毛に覆われた突起で、卵巣に向かって配置し、排卵時には充血して卵子に触れるように動きます。

卵管の内腔は全て単層円柱上皮で覆われ、その上皮細胞は大きく分けて繊毛細胞と分泌細胞(PEG細胞を含む)からなります。これらの比率は部位によって異なり、繊毛細胞は卵管采で最も多く全細胞の約50%を占め、膨大部でそれに次ぎ、峡部では約30%程度とされています。卵管膨大部の上皮には特に多数の繊毛細胞が存在し(峡部には分泌細胞が多い)、これらの繊毛が卵管内腔表面で波打つことで受精卵の輸送を助けます。また卵管壁の筋層(平滑筋層)は内縦走・外環状の二層からなり、蠕動様の収縮運動を行います。膨大部は薄い筋層のため柔軟で伸展性がありますが、峡部は筋層が厚く強い収縮力を持つとされます。この卵管の蠕動運動上皮繊毛の拍動が協調して、卵管内の卵子・受精卵を子宮方向へ輸送するという生理的機能を担っています。

さらに卵管膨大部は解剖学的位置から卵子と精子の受精の場としても重要です。膨大部は卵巣の上を覆うように湾曲して位置し、排卵後の卵子は卵管采によって膨大部へ取り込まれます。そして通常そこで精子と出会い受精が成立します。実際、卵管膨大部はヒト卵管における主要な受精部位であり、正常妊娠において受精卵はこの膨大部で受精後、数日の輸送期間を経て子宮内膜へと送り届けられます。膨大部は広い管腔と豊富な繊毛細胞によって、受精卵の発育初期を支える栄養・環境提供の場にもなっています。

受精から着床までの卵管内輸送メカニズムとタイミング

正常な妊娠では、排卵された卵子は卵巣表面から腹腔内へ放出されますが、直ちに卵管采の繊毛運動によって卵管采部に取り込まれ、膨大部へ運ばれます。そこで卵子と精子が出会い受精が起こります(多くは排卵後数時間以内)。受精後の卵(受精卵)は細胞分裂を開始しながら卵管内をゆっくり子宮方向へ移送されます。卵管繊毛の拍動と管壁の蠕動運動が協調して受精卵を送り出し、受精後約3〜4日かけて受精卵は卵管膨大部から峡部、間質部を経て子宮腔に到達します。この移送の途中で受精卵は桑実胚(モラula)から胚盤胞へと発育し、子宮到着時には着床可能な胚盤胞となっています。受精から約6〜7日目に胚盤胞は子宮内膜上皮に接着し、正常では子宮体部(底部付近)の子宮内膜に着床が成立します。

卵管内での受精卵輸送は、ホルモン環境によって微妙に調節されています。卵胞期から排卵期に高まるエストロゲンは卵管上皮に作用して繊毛の発達や卵管液分泌を促し、受精卵輸送を促進する方向に働きます。一方、黄体期に優位となるプロゲステロンは卵管平滑筋の収縮や繊毛運動を抑制する傾向があり、卵管通過速度を減速させる作用があります。実際、動物実験ではプロゲステロン投与が卵管繊毛の拍動頻度を低下させ、エストロゲン投与が若干の促進効果を示すことが報告されています。このように月経周期に伴うホルモン変化によって卵管の運動・繊毛機能は調節され、受精卵が適切なタイミングで子宮に到達するよう制御されています。通常は、胚が子宮に着くまでに十分な発育時間が確保され、子宮内膜が受容能を持つ時期(着床窓)に胚盤胞が到達する仕組みになっています。もし卵管の蠕動が過剰に強かったり(輸送が速すぎる場合)あるいは逆に不十分であったり繊毛機能が低下した場合(輸送が遅すぎる場合)には、受精卵の子宮到達タイミングが乱れ、着床異常を招く可能性があります。

図解: 正常妊娠では卵管膨大部で受精が起こり、受精卵は繊毛運動と筋収縮によりゆっくり子宮へ運ばれる(約3〜4日かけて移動し、受精後6〜7日目に子宮内膜へ着床)。ホルモンの変化により、この輸送速度が調節されている。

卵管妊娠の病理学的側面(膨大部が好発となる機序)

異所性妊娠(子宮外妊娠)とは、受精卵が正常な子宮内膜以外に着床・発育する妊娠のことです。中でも95%以上は卵管内で発生する卵管妊娠であり、その着床部位は圧倒的に卵管膨大部に多くなっています。卵管妊娠が起こる背景には、受精卵の輸送障害受精卵の早期着床という二つのメカニズムが考えられます。すなわち、本来であれば子宮に運ばれるはずの受精卵が何らかの理由で卵管内に停滞し(輸送障害)、かつ子宮到達前に胚が着床準備(孵化)を早く進めすぎてしまうことで、子宮以外の場所に着床してしまうと考えられます。こうした異常を引き起こす要因として、卵管自体の病的変化が中心的な役割を果たします。

最も代表的な原因は卵管炎症による卵管組織の損傷です。クラミジアや淋菌による骨盤内感染症(骨盤炎症性疾患, PID)は卵管粘膜に慢性的な炎症を起こし、卵管内部の繊毛上皮に不可逆的な障害を与えます。卵管膨大部は細かな粘膜ヒダが発達しているため、炎症によりこれらのヒダ同士が癒着・閉塞する(粘膜ヒダの癒着)ことで管腔が狭窄しやすい部位です。その結果、卵管内腔が部分的に閉塞・狭窄すると、受精卵の通過が物理的に妨げられてしまいます。また繊毛細胞も炎症で脱落・変性し、繊毛運動不全に陥ります。これらにより卵管本来の輸送機能(蠕動と繊毛)が低下・停止すると、受精卵は子宮まで運ばれずに卵管内(多くは膨大部付近)に滞留することになります。実際、卵管の平滑筋収縮および繊毛運動は卵管炎後に著しく低下し、卵管内に受精卵が留まりやすくなることが知られています。

卵管膨大部が異所性妊娠の好発部位となるのは、上述のような卵管輸送機能障害が特にこの部位で問題を起こしやすいためです。膨大部は受精卵が本来長く滞在する部位(受精から子宮への移送まで数日間留まる)であり、ここで何らかの理由で移送が妨げられると受精卵がその場で着床してしまうリスクが高まります。例えば、卵管峡部や間質部が炎症後の瘢痕などで狭窄していると、受精卵はそこを通過できず膨大部に足止めされます。その状態で胚が発育を続けると、胚盤胞への成長とともに透明帯から脱出(孵化)し、接着可能な状態となります。本来であれば子宮内膜へ接着するべき胚が、卵管膨大部内腔で孵化してしまえば、近傍の卵管粘膜上皮に付着・侵入し異所性着床が成立してしまいます。

また卵管膨大部は構造上拡張性に富むため、初期胚が着床・発育してもしばらくは卵管が伸展して妊娠の継続を許してしまう側面もあります。卵管峡部のような極めて狭い部位で受精卵が着床した場合、早期から絨毛組織が筋層を侵食し短期間で破裂に至りやすいですが、膨大部は比較的広いため妊娠組織が一定期間とどまり得るのです。その結果、「卵管膨大部で偶発的に着床→ある程度の大きさまで増殖して初めて症状発現」といった経過を辿りやすく、卵管膨大部妊娠の多さにつながっていると考えられます。

卵管妊娠のリスク因子としては、上述の性感染症既往(クラミジア感染による卵管炎が典型)以外にも、以下のようなものが知られています:

  • 卵管手術歴・卵管損傷:卵管結紮術後の再開通や卵管形成術、不妊治療に伴う手術などで卵管の形態・蠕動が変化し、受精卵輸送に障害が出る場合があります。過去の卵管妊娠の保存的治療も再発リスクとなります。

  • 骨盤内癒着:子宮内膜症や過去の骨盤手術・虫垂炎などで卵管周囲に癒着が生じると、卵管の可動性低下や狭窄の原因となります。

  • 不妊治療・生殖補助医療(ART):体外受精-胚移植(IVF-ET)では異所性妊娠の率が自然妊娠より高く、受精卵を卵管に戻すGIFT法なども卵管妊娠のリスクがあります。特に胚を子宮に戻すタイミング(胚盤胞でなく分割胚移植など)や複数胚移植により、卵管内への迷入や輸送不全が起こる場合があります。

  • 黄体ホルモン過多:黄体ホルモン(プロゲステロン)優位の状態では卵管輸送が遅延しやすく、黄体ホルモン含有の避妊法(例:黄体ホルモンIUDやミニピル)の使用は子宮外妊娠の相対リスクを増加させるとの報告があります。

  • 喫煙:喫煙習慣のある女性では、タバコ中の成分により卵管繊毛の拍動が阻害され卵管運動が低下するため、異所性妊娠のリスクが上昇します。

  • その他:高齢妊娠(35歳以上)、ジエチルスチルベストロール(DES)曝露による卵管形態異常、卵管の憩室様変化(サルピンジティス・イストミカ・ノドーサ)なども報告されています。

さらに近年の研究では、卵管の炎症によって生じる微小環境の変化が異所性着床を促進しうることも示唆されています。例えば、クラミジア感染による慢性炎症で卵管上皮細胞がインターロイキン1(IL-1)を産生しますが、本来IL-1は着床時期の子宮内膜で胚受容性を高めるサイトカインです。炎症で傷ついた卵管ではサイトカインや増殖因子が過剰に分泌され、胚の着床・侵入・血管新生を助長する状態になり得ます。このように卵管の脆弱性(炎症や損傷を受けやすい構造と、その結果起こる機能不全)が相まって、卵管膨大部は異所性妊娠の好発部位となっているのです。

異所性妊娠の部位別頻度と統計データ

異所性妊娠は全妊娠の約1〜2%に発生し、不妊治療後では約3%、ART(体外受精など)後では4〜5%と報告されています。異所性妊娠の着床部位の内訳は卵管が圧倒的多数(95%以上)を占めます。中でも卵管膨大部での妊娠が最も多く、報告によって差はありますが全異所性妊娠の約70〜90%にのぼります。残りの卵管部位としては卵管峡部が約5〜12%、**卵管間質部(子宮角部)**が約2〜4%、卵管采部(卵管開口部、繊維状端)が約5〜11%程度とされています。卵管以外では、卵巣妊娠(卵巣表面への着床)が約1〜3%、腹腔妊娠(腹膜への着床)が約1%、頸管妊娠(子宮頸管内膜への着床)は1%未満と非常に稀です。近年増加が指摘されている帝王切開瘢痕部妊娠(子宮下部の帝切瘢痕に着床)も1%未満の希少部位ですが、帝王切開率の上昇に伴い症例報告が増えています。このように、異所性妊娠の大部分は卵管膨大部に発生し、次いで卵管の他部位が続くという分布になっています(図の黄円の大きさは発生頻度を概ね反映)。

異所性妊娠の臨床的にも重要な点は、着床部位ごとに破裂までの時間や症状が異なることです。卵管膨大部妊娠は比較的スペースがあり絨毛が筋層外方向に伸展しやすいため、6〜8週頃まで無症状で経過し卵管流産(膨大部から腹腔内への流出)か破裂を来すことが多いです。卵管峡部妊娠や間質部妊娠は早期から強い痛みや出血をきたし、妊娠6週前後で破裂するリスクが高いとされます。卵巣妊娠や腹腔妊娠は非常に稀ですが、診断が遅れると大量出血の危険があり、適切な管理が必要です。このような背景から、異所性妊娠、とりわけ卵管膨大部妊娠は産婦人科領域で早期発見・治療が重視される病態となっています。

参考文献リスト(抜粋)

  • 日本産科婦人科学会: 異所性妊娠に関する定義と頻度

  • 石本人士(東海大学): 「異所性妊娠」日本医事新報 (2017)

  • StatPearls (2023): “Ectopic Pregnancy”

  • Medscape: “Uterine Tube Anatomy”

  • Wikipedia: 「Fallopian tube」 など

  • Contemporary OB/GYN: “Ectopic Pregnancy Overview”

※上記以外にも、PubMed論文、教科書(Williams Obstetrics, Cunningham et al.)、日本産科婦人科学会ガイドライン等を参照しました。各種文献の知見を総合し、異所性妊娠と卵管膨大部の関連について解説しています。

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