高用量ベタメタゾン(リンデロン)内服と「しゃっくり」の関連
ありがとうございます。リンデロン(ベタメタゾン)内服薬を突発性難聴の治療目的で高用量から漸減する際に、しゃっくりが出現する可能性とその機序について、医学的エビデンス(論文)、ケーススタディ、患者報告など幅広い情報源から調査します。
機序については、ステロイドによる中枢神経系への影響、自律神経系や横隔膜神経反射への関与など、可能性が示唆されているメカニズムも含めて検討します。
結果がまとまり次第、詳細をご報告いたします。
高用量ベタメタゾン(リンデロン)内服と「しゃっくり」の関連
ベタメタゾン内服によるしゃっくりの報告
ベタメタゾン(商品名リンデロン)は、内服・注射など全身投与時に**「しゃっくり(吃逆)」を引き起こす可能性が指摘されています。実際、リンデロンの添付文書にも副作用としてしゃっくりが記載されています。例えば、円形脱毛症に対するベタメタゾン経口パルス療法中に持続性のしゃっくりが生じた22歳男性の報告があり、高用量ステロイドの急激な摂取が胃粘膜の刺激**によるしゃっくり発現につながった可能性が指摘されています。耳鼻科領域でも、突発性難聴の治療としてリンデロン錠0.5mgを12錠(6mg)から漸減する高用量ステロイド療法を受けた患者で、治療後にしゃっくりが止まらなくなったケースが報告されています(患者Q&Aサイトでの事例)。このように、ベタメタゾン内服としゃっくり発現との関連を示唆する症例報告や記載が複数存在します。
他のステロイドによる類似例と背景
ベタメタゾンに限らず、デキサメタゾンやメチルプレドニゾロンなど他のステロイド製剤でも、同様にしゃっくりが誘発された例が報告されています。とりわけデキサメタゾンは抗がん剤治療時の制吐目的で頻用されますが、この際に男性患者を中心に高率にしゃっくりが発現することが知られています。実際、シスプラチンを含む化学療法レジメンを受けた患者162例の検討では、25%にあたる40例でしゃっくりが生じ、その93%が男性でした。統計解析では男性であること(オッズ比約8倍)や、デキサメタゾン高用量投与(16mg以上、オッズ比約19倍)などが独立した危険因子とされています。またCOVID-19治療における報告でも、デキサメタゾン投与患者の約1%でしゃっくりが発現し、患者は全員男性だったとの報告があります。
興味深いことに、ステロイドの種類を変更することで症状が改善した例もあります。COVID-19患者でデキサメタゾン投与中にしゃっくりが持続した6例では、ステロイドをプレドニゾロンに変更(ローテーション)したところ、全例で2日以内にしゃっくりが消失しています。同様に、痛み治療の硬膜外ブロックでデキサメタゾンやベタメタゾン使用後にしゃっくりが生じた複数の症例で、後日別のステロイド製剤に変更すると再発を防げたとの報告もあります。これらの知見から、ステロイド誘発性のしゃっくりは特定の薬剤(分子)に依存する可能性が示唆され、必要に応じて別のステロイドへの変更が有効な対策となり得ます。
しゃっくり発現の機序(中枢神経・自律神経・横隔膜神経)
ステロイドによるしゃっくり誘発の正確なメカニズムは完全には解明されていませんが、中枢神経系への作用と末梢(自律神経系や横隔膜神経)への作用の双方から説明が試みられています。
中枢神経への作用(抑制系の遮断): 脳幹の延髄には「しゃっくり中枢」が存在し、通常この反射はGABA作動性神経によって抑制されています。ところがステロイドは中枢内でGABAの働きを拮抗的に抑制する作用があり、その結果、しゃっくり反射が起こりやすくなると考えられます。実際、ストレス下で体内に分泌される内因性ステロイド(コルチゾール)の増加も同様にしゃっくりを誘発しやすいことが知られています。さらに、高用量のステロイドは血液脳関門を通過して視床下部の海馬領域にあるステロイド受容体を活性化し、これがしゃっくり反射弓の遠心路(出力側)を刺激することも報告されています。要するに、ステロイドの大量投与は脳幹~脊髄におけるしゃっくり反射の**閾値を低下させる(反射が起こりやすくなる)**作用を持つと推察されます。
消化管への作用(求心路の刺激): ステロイドは消化性潰瘍の副作用からも分かるように胃酸分泌を増加させ、消化管粘膜を荒らす可能性があります。この作用により胃食道逆流が悪化すると、逆流物が咽頭や食道の粘膜を刺激し、しゃっくり反射の**求心路(迷走神経・舌咽神経経由)**を興奮させることがあります。実際に、ステロイド投与後に胸やけや胃部不快感を伴ってしゃっくりが出現する患者もおり、消化管刺激が一因となっている可能性があります。【※この機序は、ステロイド内服中の患者に消化管保護薬(PPIやH2ブロッカー)の併用が推奨される理由の一つとも考えられます。】
末梢神経への作用(横隔神経の刺激など): 特に硬膜外や局所注射でステロイドを投与した場合、その物理的・局所的作用によって横隔神経や迷走神経が刺激される可能性も指摘されています。頸部硬膜外ブロック後にしゃっくりが起きた症例では、注入された薬液が横隔神経(C3–C5由来)や隣接する迷走神経を直接刺激した可能性があります。さらに、硬膜外腔へのステロイド注入に伴う髄液動態の変化(循環量や圧の変動)や、交感神経節ブロックによる迷走神経の相対的な優位(副交感神経過剰)なども、しゃっくり反射を引き起こす要因と考えられています。これらの末梢的メカニズムは主に注射時の現象ですが、内服においても体位や迷走神経刺激(咽頭部への刺激など)が関与するケースが考えられます。
以上のように、ステロイド誘発性しゃっくりの機序としては、**中枢神経系での抑制解除(GABA拮抗や脳幹反射閾値低下)**と、**末梢経路での刺激(胃食道逆流による迷走・舌咽神経刺激、あるいは横隔神経直接刺激)**の双方が考えられます。個々の患者ではこれらが複合的に作用している可能性もあります。
発症頻度とリスク因子
頻度自体は決して高くはありませんが、ステロイド誘発性しゃっくりは臨床上見落とされやすい副作用です。一般的な頻度は明確に統計化されていませんが、状況によって大きく異なります。前述のCOVID-19患者の解析ではデキサメタゾン使用例の約1%にしゃっくりが見られ、抗がん剤併用下では最大で2~3割に及ぶ報告もあります。一方、突発性難聴の治療といった短期のステロイド大量療法における頻度は明確なデータがないものの、体感的にはごく一部の患者に生じる稀な副作用と言えます。リスク因子としては男性に圧倒的に多く(男性の方が発現率が高いことは複数報告で一貫しています)、またステロイドの投与量が多いほど起きやすいとされます。特にデキサメタゾン16mg以上の高用量やシスプラチン併用時、長身の男性などで頻度が上がるとの指摘があります。ベタメタゾン6mg程度(プレドニゾロン換算40mg前後)の突発性難聴治療は通常1~2週間の短期投与ですが、この程度の期間でも個人差によりしゃっくりが出る人は出るという印象です。したがって、高用量ステロイド開始から1~2日以内にしゃっくりが持続的に出現した場合は、副作用として疑う価値があります。
予防と対処法
予防策: ステロイド誘発性しゃっくりを完全に防ぐ確立された方法はありませんが、リスク因子を踏まえた対策が考えられます。例えば、シスプラチン化学療法時には制吐薬デキサメタゾンの代わりに必要最小限の量に減量する、あるいは別のステロイド(プレドニゾロン等)に置換することが検討されます。実際、日本ではがん化学療法中の難治性しゃっくり対策としてデキサメタゾン→プレドニゾロンへの変更(ステロイドローテーション)が有効だったとの報告があります。プレドニゾロンは添付文書上は吃逆の記載がなく、デキサメタゾンより中枢移行性や作用強度が若干低い可能性があるため、理論的にも置換の意義は考えられます(実際にはプレドニゾロンでも高用量で起こり得るとの報告もありますが)。また、高用量ステロイド投与時には胃酸抑制薬の併用や、投与時間を朝に固定する(夜間の逆流を防ぐ)など、消化器症状対策が間接的にしゃっくり予防に寄与する可能性があります。【※ステロイドパルス療法中に前傾姿勢を避ける、ゆっくり内服する等の工夫が推奨されることもありますが、確実な予防効果を示すエビデンスは不足しています。】
対処法: ステロイドが原因と思われる持続性しゃっくりが出現した場合、まずは可能であればステロイドの減量・中止を検討します。突発性難聴の治療目的であれば投与期間も短いので、主治医と相談の上で予定より早めに漸減を進めることも選択肢です。症状が強い場合は、対症療法としてしゃっくり治療薬の使用を考えます。日本で保険適用のある薬剤はクロルプロマジン(フェノチアジン系抗精神病薬)のみですが、これは少量(例えば25mg錠の1/2~1錠程度)でも多くの例で有効とされています。実際、ベタメタゾン硬膜外投与後に生じた持続性しゃっくりの患者も、クロルプロマジン10mgを頓用内服して翌日には症状が消失しています。そのほか報告例の中では、バクロフェン(中枢性筋弛緩薬;GABA_B作動薬)やガバペンチン(抗てんかん薬)、メトクロプラミド(消化管機能調整薬)、ハロペリドール、塩酸オンダンセトロンなど様々な薬剤が使用されており、有効性も報告されています。難治例では複数の薬剤併用や、最終手段として横隔神経ブロック・迷走神経刺激療法が試みられるケースもあります。幸い、突発性難聴の治療に伴う一過性のしゃっくりであれば、ステロイド減量完了とともに自然軽快することがほとんどです。患者のQOL低下が著しい場合には無理せず主治医に申し出て、上記のような薬物療法の追加やステロイドスケジュールの調整を相談するとよいでしょう。
参考文献: 副作用の機序に関する医学論文、症例報告、およびステロイド治療中の吃逆発現に関する臨床研究を参照しました。上述の知見より、ベタメタゾン等ステロイド大量投与時には稀ながらしゃっくりの出現があり得ること、特に男性で注意が必要なことを念頭に置き、必要なら適切な対処を行うことが重要です。
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